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創価学会も顕正会も脱会しました。

日蓮正宗に戻ってホッとしています。

転輪聖王が皇室に生まれるときが広宣流布の時?

随想

「我が宗では真実をいうと、古来から広宣流布の時の国主は転輪聖王である。しかも転輪聖王の内の最高の金輪聖王である。金の転輪聖王である。こう相伝しておるのでございます。」 日達上人 正本堂意義について 昭和四十七年三月二十六日

正本堂の意義付けで揺れた昭和47年。

運命の年でありました。

龍ノ口法難から700年の砌でもありました。

日蓮正宗では広宣流布の時には、日目上人が猊下様に再誕され、時の天皇陛下に日興上人が再誕されるという伝説があると聞いたことがあります。

これは私が創価学会員であった幼少のころに聞いた話ですので、真偽のほどは定かではありませんが、なるほどなと思ったことがあります。

それは、器の人でなければ広宣流布は成し遂げられないのではないかという、経験則に基づいた考えでありました。

昭和20年代から始まった創価学会折伏大行進の挫折。

平成初期の顕正会の勃興と衰退。

在家による弘教活動というものには、信頼に足る結果は出ませんでした。

リーダーの腐敗堕落や慢心というものも大きな原因でしょうが、国の枢要を差配し宗の責任を統括する人が範を示さない限り、民衆は随順しません。

私個人の見解では、日蓮大聖人様の御心では根本の妙国の日本が広宣流布し、大聖人の仏法が世界に公伝していくのが筋ではないかと思うのです。

我が国の皇室は、単なる小島の主ではありません。

世界で唯一2600年の伝統ある血統を保持されています。

これだけでも奇跡だと思うのです。

何らかのイデオロギーではなく、自然にこのようにあることの不思議。

このことを実感できるのは日本人だけではないでしょうか。

 

知られざる皇室外交 (角川新書)

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公明党が選挙に負けるから。

日蓮正宗を守ることができなくなるから。

そんな言い訳が仏法に通用するのでしょうか。

日蓮正宗を守るんじゃなくて、不埒な政治権力を横暴に振舞った、池田大作に鉄槌が下るのをセンセー自身が恐れただけではないでしょうか。

ちっぽけなこの日本で広宣流布できないものが、どうして世界に広宣流布できるのでしょうか?

日本の国に事の戒壇を建立せずして、他国を心服させる威徳をこの国は持つことができるのでしょうか。

明治維新以後、富国強兵に努め軍事大国として、列強ロシアに勝った大日本帝国は大東亜戦で木っ端微塵に粉砕されました。

昭和の戦後、奇跡的な復興と経済発展を成就し、経済一等国になったのもつかの間、25年以上経済的苦境に呻吟し続け、人口まで減少し始めました。

軍事的に威厳を持とうが、経済的に栄華を極めようが、国家が真の徳を積まなくては未来は混沌のままです。

戒壇の御本尊のまします所はいずくいず方でも、事の戒壇であります。先程、教学部長が最後に述べられた通り、戒壇の御本尊、即ち日寛上人が、
 「戒壇の根元とは、この御本尊ましますが故なり」
と仰っておいる。
 この御本尊まします所は、事の戒壇である。
 それを忘れて、ただ天皇が建てるとか、誰が建てるとか言って論争をしても、それは不毛の論であります。よろしく我々は、今大石寺に安置し奉る所の戒壇の大御本尊こそ、事の戒壇の御本尊であり、即ち、事の戒壇であります。
 御相伝に、戒壇の御本尊まします所は、即ち、事の寂光土、事の戒壇であると。
 御相伝と言うと、みんな書き物がなくて、ただ聞いて教わると思っているかもしれないけれども、御開帳の説法であります。
 明らかに、戒壇の御本尊まします所は、事の戒壇、事の寂光土であります。
 ここに詣でる族は、全てみな久遠の昔からの罪障消滅し、即身成仏の本懐を遂げる所で、これこそ事の戒壇でなくて、なんでしょうか。
 じゃ、建物が国立っていう、誰か偉い人が、建ててくれなければ、そこへお参りしてもさっぱり御利益がないのか、と言うような考えでは、仕方がない。
 建物なんかどうでもいいんです。
 戒壇の大御本尊こそ我々の即身成仏の本懐の場所である。
 これが、正宗の信心である。正宗の皆帰である。我々のモットーである。
 どうぞ皆様、深く考えて、そういう論争にまよわされず、戒壇の御本尊まします所は、即ち、事の戒壇であるということを、深く心に留められて、行学に励まれんことをお願い致します。

日達上人様は国立戒壇を否定するお話の中で、戒壇の御本尊様が安置された場所が事の戒壇であると仰せられました。

確かにそのとおりであると思うのですが、浅井さんが問題にしたのはそのようなことではないのです。

信心している人間に功徳があるとかないとかの話ではないのです。

国家鎮護と世界平和(地球的寂光土の意味)での問題でありました。

公明党がどうなろうと、そんなことはどうでもいいと、逆にチャンスだととらえ、国会の中でテレビの前で堂々と折伏をやってのけていれば、今日のような日本の体たらくはなかったのではあるまいか。

中年を過ぎかけようとしている、昭和47年生まれの切ない悲しみであります。

我が家に御安置の御本尊様は日達上人様の御本尊様です。

昭和41年1月7日の書写となっています。

池田の中ではこのころから計画されていたのでしょうか。

当時まだ30代の若造が、それほどの権力を持っていた時代。

今の時代からは想像もできません。 

 

本門戒壇の本義―日蓮大聖人の御遺命とは何か (Parade books)

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