読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

創価学会も顕正会も脱会しました。

日蓮正宗に戻ってホッとしています。

創価二世に生まれたことの悲惨さと、創価学会を疑うようになった経緯

随想

f:id:ashuhokkekoshu:20161210202011j:plain

創価学会の子供として生まれることのハンディは、親の心酔度に比例して大きくなります。

私の場合は、父親の暴力によって創価の信仰を強制されました。

正本堂への御供養で授かった福子。

両親は私のことをそのような存在として疑っておりませんでした。

父と母は結婚して14年、子供に恵まれず悩んでおりました。

最初の子は私に先立つこと11年前に死産しております。

待望の子供に神がかり的なほどの期待をかけておりました。

f:id:ashuhokkekoshu:20161210202813p:plain

子供に宗教を強制することの可不可は、言うまでもなく不可だと思います。

親の信仰する姿を見て、自然に崇敬の念を抱くような信心を親が見せなければいけません。

また、子供の信心成就を心から願わなくてはいけません。

私の父親は奉安殿で「池田大作以上の子供を授かりますように」と願ったそうです。

つまり、熱狂的な創価信者で戸田ファンだった父は、戸田城聖の生まれ変わりを授けたまえと祈ったのです。

これじゃまるで、チベットかどっかの真言宗のような信仰ですよね。

両親は私に理想ばかり押し付け、今なら虐待と言われるであろう躾をしました。

しかし、創価学会は私が高校生になるころに、教学試験のための指導をしてくれました。地元の同級生の家に集まり、男子部の人が丁寧に試験用のテキストを解説してくれました。

博学な人で素朴な疑問にも丁寧に答えてくれました。

私が創価の家に生まれて、初めて仏法の勉強をした経験でした。

自分の強制されている信仰の内面に触れた瞬間でもありました。

両親は功徳(現世利益)至上主義で、当時の創価組織が流布した池田神話を鵜吞みにしておりました。

「池田先生は大聖人の生まれ変わり」

「人間革命は現代の御書」

実際に家の中で耳にしました。

父は字の練習とかいう名目で、人間革命をノートに書き写しておりました。

日蓮正宗の信徒団体というのは形だけで、新興宗教創価教徒になっていました。

f:id:ashuhokkekoshu:20161127163237j:plain

朝夕の勤行を実践しても学校で嫌われ者の私。

同級生からよくいじめられました。

自分の宿業もあるでしょうが、創価の毒が出ていたのでしょう。池田大作の息子が死んだ昭和59年は、私は小学校6年生でした。

幸せとは程遠い時代でしたね。

確実に創価学会のおかしさに気づいたのは、皮肉にも教学試験に合格した、高校生のころでした。

聖教新聞で池田のスピーチを読むようになり、ナポレオンやトルストイの話をする池田に不信感がつのりました。

また、世界の著名な学者・識者・権力者との対話にも疑問を持ちました。全く折伏などしておらず、架空の理想話をし続けていることに気づきました。

ありがたいことに、大学受験の年に池田が11.16スピーチをして、創価学会日蓮正宗と争いを表面化させましたので、創価大学に進学することを免れました。

f:id:ashuhokkekoshu:20161210095621j:plain